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2011/03/10.Thu

神様が与えてくれた、使命

みかんの皮が・・・
写真は今から約5年前、弟がイタズラっ子全盛期の時の作品(笑)

制作風景は、こんな感じです。
イタズラっ子の制作風景
チビなりにちゃんと置き方を考えながら皮をむいてるんですね(笑)

ブログを始めてから、過去の写真をじっくり見るようになって
夫が弟の姿を色々と撮っていたことに気付きました。

写真の存在は知っていたけれど、直視出来なかったんです。
ここに来てようやく「こんな顔してたんだ」と向き合えるようになりました。

兄とは全く違う弟の性格。

これまであまりブログに弟のエピソードが出て来なかったのも
私と下の子はまるで犬猿の仲だったから。

寝返りが出来るようになって自分で動けるようになった頃から
怒る、泣き叫ぶ、母と離れると大泣き状態。

誰かにくっついていないと、人肌から離れることが嫌な子なので
どこへ行くにも、家事をする時も常におんぶひも。

離乳食を進めても途中でおっぱいにしがみついてくる。
兄が母に近づくと、怒ってかみつく・・・。

このままじゃ育児ノイローゼになっちゃうかも、と思っていた頃
体は既に限界を超えていたらしく高校生の時の病気が再発して
一生薬を切らせない生活になってしまいました。

        ---------

その年の夏に私の実家に子供たちを連れて帰省した時のこと。

前年に帰省した時はまだ4カ月で「よく寝る子だね~」なんて
話してた弟が今や一時も目が離せないギャング状態。

あまりにも兄の1歳代の頃とは違う弟の様子に困惑する私の父。
そんな父と子供たちが寝静まった後に、弟の様子を話しながら

「でも、こんなギャングな子が生まれてきたってことは、神様は
 私にこの子を通して大人になれって言ってるのかもね」

反抗期が長くて決して「いい子」ではなかった私。
父に迷惑をかけた自戒の意味も込めて、何となく出てきた言葉でした。

それを聞いてしばらくだまっていた父が、ぽつりと言いました。
「おまえも、やっぱりおじいちゃんの血を受け継いでるんだなぁ。」

        ---------

私の祖父は私が2歳の時に亡くなりました。

祖父はキリスト教徒で、普段は別の仕事をしながら
日曜日には神父として小さな町の教会に通っていたそうです。

それも引退し、祖母と二人で今の私の実家で暮らしていた頃
祖母が一人で散歩の途中に心筋梗塞で倒れました。

一命はとりとめたものの認知症になってしまい、みんなは専門の病院に
移ることを勧めたけれど祖父は自宅に連れて帰ってしまいました。

当時私の家族は父の仕事で北海道に住んでいました。
まめに帰ることは難しい距離。父も電話で説得したそうです。

その時に祖父が父にこう言ったそうです。

「お母さん(祖母)を最後まで面倒見ることがね、
 神様が私に与えてくれた、使命なんだよ。」

明治生まれの祖父が、家事をほとんどしたことの無い祖父が
祖母を思い、祖母のために慣れない家事をこなしていました。

そして祖父が病に倒れ、祖母より先に亡くなりました。
最期まで「お母さんは?」と気にしていたそうです。

祖母も後を追うように、翌年に亡くなりました。

        ---------

「生まれてくる命には、ちゃんと役割があって
 意味のない命なんて、ひとつもないんだよ。」

私は生前の祖父と会話をした記憶はありませんが、
いつだったか夢の中に祖父が出てきて、目が覚めた時
私の頭の中にこの言葉が残っていました。

この言葉と、私が何気なく言った父への言葉。
私の中に流れている、祖父の思い。

このとき私は下の子ときちんと向き合う覚悟ができた気がします。
とはいえ相変わらずのギャングぶりに、私と下の子は一触即発・・・。

そんな時に助けてくれたのが夫です。
「ほんとはいい子なんだよ。待っててあげてね。」

        ---------

今の住まいに引越してきて新しい幼稚園に入った弟は
たった半年の幼稚園生活だったけれど、すっかり溶け込み
「もっと早く出会いたかった~(泣)」
と先生方に言われるくらいの頑張りを見せてくれました。

あんなに早く大きくなって楽になりたいと思っていたのに
もう少しこのままで、ゆっくり一緒に居たいと思う私がいます。
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家族のこと | Comments(0) | Trackback(0)
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