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2011/06/18.Sat

「不器用な上司」の、涙。

兄、2歳の頃。
写真は、兄が2歳の頃。

この当時は、私の両親が遊びに来ては写真を撮ってくれたので
こうして自分で撮った写真が、とても少ないんですよね。

カメラを向ける余裕もあまり無かった気がします。
おでこ全開の髪型が、昭和を彷彿とさせる兄です(笑)

昨日の夫に一目会いたい後輩の話でちらっと触れている、職人気質の上司のこと。

実はこの方とも、ひとつエピソードがあるんです。

いつかこのブログで記事にしたいと思いながら唐突に出すのもなぁ・・・。
と思っていたのですが、昨日の記事を書いて「そうだ、今だ!」と思い

ご紹介したいと思います。ちょっと書きながら涙出そうな予感(笑)

昨日の記事を読まずにここにたどり着いた方は、ぜひ昨日の記事を
読んでいただくと話の前後が分かりやすいと思います!

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結婚して1ヵ月足らずで辞令が出て、赴任した足利。
夫はとにかく職場の人間関係に悩む日々が続きました。

大らかで人情に厚い高知で生まれ育った夫にとって
寡黙で口数の少ない職人気質の上司とは、衝突する事も多く

いつも「辞めたい」と愚痴をこぼしていた夫。

足利で暮らして3年が過ぎた頃、
「このままじゃオレ、ある日家を出たきり帰らなくなりそうだ」

現状を打開するために、夫が考えた道は大卒の資格を取って総合職へ移ること。

これまで入社してから総合職へ移った人は皆無で、
実現出来る事なのか、それさえも分からない状態。

実現出来ないかもしれない、万が一の可能性を信じて
夫は三交替勤務の合間をぬって、通信制大学へ通い始めました。

幸いなことに、私と一緒に学んでいた専門学校の単位が認められて
最短でいけば2年で卒業出来る見込みに。

スクーリングや単位認定試験に、東京へ行く機会が多く
電車を見るのが大好きだった兄は、私と駅まで送り迎えするのが楽しみでした。

2年目の卒業研究で選んだテーマが、
その後の夫の仕事に大きく関わっていく分野だとは、その時は知る由も無く・・・。

「これがやりたかった事なんだよな」と手ごたえを感じていた頃
高知へ戻る話が出てきました。

しかも異動先は、製造部門ではなく間接部門。

私たちにとっては、2年前に夢のような話だけど・・・と話していたこと。
信じていたら、夢も叶うんだよ!と二人で涙を流して喜びました。

ところがこの夫の異動の内示に異議を唱えたのが、直属の上司でした。

「俺が今まで教えてきた事は、全部水の泡か!!」

        ---------

数年後には定年を迎える上司は、
自分のグループの後任を夫に任せるつもりでいました。

そこに突然出て来た、夫の異動の話。

もちろん人事権が上司にある訳ではないので、
上司が夫を引き留める事は出来ず

その日以来、夫とは話をしなくなったそうです。

仕事熱心で指示は的確、感情を表に出さず口数の少ない上司。

悔しかったんだと思います。

自分の仕事に反発しながらも、付いてきた夫に
自分の残りの仕事人生で教えられる限りを教えて来た。

あともう少しだった・・・。

それは夫も痛いほど分かっていて、
夫も内示が出てからは、仕事のヒントやテクニックを全て
あの「後輩」に引き継いできました。

辞令交付式を終え、空っぽになった家に戻って来た夫。

「オレの顔、見てくれなかったよ・・・」

ポツリとさびしそうにつぶやきました。

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高知に転勤してから数年が経ち、
年賀状のやり取りだけは、続けていました。

ある日会社から帰ると「Oさん、定年だって」

「色々あったけど、お世話になったから何か贈りたい」

高知の名産の『文旦』を送ることに決めたのですが
私が「何か一筆書いて入れたらいいのに」と何度も言っても

黙って首を振るだけ・・・。

後ろ髪を引かれながら、そのまま発送することにしたのです。

数日後。
夕方に、電話が鳴りました。

早口で、「Oですけど、ご主人いらっしゃる?」

それは私が初めて聞く、上司の声でした。

        ---------

「まだ、会社から帰ってきてないんですよ」

「そうか・・・忙しそうだね、あの文旦が届いたからお礼をと思って
 わざわざこんな事してくれなくても良かったのに」

不器用なんだな、と思いました。

きっとこの電話に夫が出たとしても、不器用同士で終わってしまう。

「足利では本当にお世話になったので・・・Oさんに認めてもらえたか分からないけど
 Oさんのおかげで今の自分があるって、主人はいつも言ってます。」

ちょっと沈黙が続いた後、

「俺、あいつに悪い事しちゃったんだよなぁ」

と笑い飛ばすように言った上司の声は涙声でした。
きっとあの時の事を言っているのだと思いました。

「そんな事ないですよ。Oさんの思いを主人も分かっていますから」

その後何を話したか覚えていないけど、
私から一方的にペラペラと話し続けた気がします。

もうその重荷はここで取り払って欲しい、そんな気持ちでした。

ひとしきり話して、

「ありがとう、あの時言えなかったけど頑張れって伝えて欲しい
 あいつならどんな場所でも絶対やれると信じているから」

Oさんはそう話して、電話を切りました。

この話を帰宅した夫に伝えると「あっそう・・・」それっきり。
感情を表せないほどに、辛い思い出にフタをしていたのかもしれません。

だけど私は、Oさんのふりしぼるような

「俺、あいつに悪い事しちゃったんだよなぁ」

この電話越しの声を、一生忘れることは出来ないと思います。

あの日、電話で話せて良かった。
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家族のこと | Comments(10) | Trackback(0)
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